生誕115年記念 今井朝路展 【その2】

中央の人物:今井善兵衛

今井朝路とその周辺

今井朝路(いまい・あさじ)は、明治29年(1896)2月7日に神戸に生まれました。父、今井善兵衛は多可郡(現・西脇市)黒田庄町の出身で今井家の養子となり、明治6年に神戸市元町通5丁目で「今井善兵衛計量器店」を創業しました。横浜の度量衡商に並ぶ、神戸の古いハカリ屋さんであったといいます(神戸新聞「わが家のアルバム百年史」昭和50年4月6日記事より)。

善兵衛は、明治40年(1907)、朝路11歳の時に67歳で亡くなり、朝路の兄が父の仕事を継ぎました。

さて、父没後、朝路は私立神戸育英義塾に在籍していたようですが中退。* 16歳の年に、尾竹越堂、竹坡、国観三兄弟に日本画を学び始めます。

尾竹兄弟は、大衆の心に訴えかけるような生き生きとした人物表現で当時大変人気のあった画家たちでした。長男の越堂の長女には、『青鞜』での活動がよく知られる、“新しい女” 尾竹紅吉(おたけ・べによし)(1893-1966・のちの富本憲吉夫人・富本一枝)がいました。

彼女は、女子美術学校及び父達からも日本画を学び、当時、「天才少女画家出現」と新聞に載ったことがあるほどの才能を持っていました。

のちに今井は、大正7年(1918)に「第6回抒情画展(個展)」を開催しますが、その目録には富本一枝が詩を寄せており、二人に交流があったことがうかがえます。(続く)  【D】

*『神戸史談』「今井朝路と川西英」大塚銀治郎 文中・石阪孝二郎氏の記憶による